新标准日本语高级:第三课 衣服
(インターネットで検索して)
光一:着物のレンタルと、着付けと写真撮影がセットで、25,000円かあ。
秀麗:ちょっと高い気もするけど、いいかもしれないね。中国のお母さんにも送ったら喜んでもらえると思うし。
光一:うん、そうだね。…そうだ、秀麗も着物着たら?
秀麗:そうねえ。せっかくの機会だから、お義母さんからもらった着物を着ようかな。
(望に話しかける)望、11月の七五三、着物着てお参りに行こうね。ママも着るから。
望:着物?ママも着るの?着る着る!
新出語彙1
いふく(衣服) [名] 衣服、服装
しちごさん(七五三) [名] 七五三
ひとあし(一足) [名] 一步
のぞみ(望) [专] 望儿、小望
パパ [名] 爸爸
おふくろ [名] 母亲、妈妈、娘
おかあさん(お義母さん) [名] 婆母、岳母:养母、继母
おみやまいり(お宮参り) [名] 参拜神社
しらいし(白石) [专] 白石
レンタル [名] 出租、租赁
けんさくする(検索~) [名·サ变他] 检索
きつけ(着付け) [名] 给……穿上衣服
ぞうだ 对了;对呀、是的
やだ 哎呀、哎哟
課文
着物
「着物(和服)」は日本の民族衣装として広く知られています。一般に「着物」といわれるのは、ワンピース型の着物とベルトの役割を果たす帯からなる衣服ですが、着物は現在の形になるまでに、どのような変遷を経てきたのでしょうか。そして、着物を取り巻く状況は、今どうなっているのでしょうか。東京着物研究所の泷田久恵さんに聞きました。
一一着物が現在の形になるまでに、どのような変遷があったのでしょうか。
着物の特徴は、前開き、前合わせと、帯を締める形です。現在見られるこのスタイルが確立したのは、今から400年ぐらい前、安土桃山時代末期から江戸時代初期にかけてだとみられます。
4世紀から7世紀ごろ、埴輪や古墳壁画の絵にあるように、男性は筒袖の上衣、だぶだぶのズボン、女性はブラウス風の上衣に巻きスカートのような服を着用していました。この服装形式は、洋服のスタイルに極めて近いものです(図の①)。
奈良時代、遣隋使や遣唐使の往来に伴う中国文化の移入によって、服の形は唐風のゆったりした前開き形式へと切り替わりました。奈良時代は、唐の最盛期にあたり、唐風のファッションが流行しました(図の②)。
8世紀末の平安時代になると、それまで、伝わってきた中国の文化を生かしつつ、日本の気候風土や四季の移り変わりに合わせて、徐々に日本的な生活様式が生まれてきました。衣服についても、平安後期には衣冠束帯(貴族の男性の正装)や十二単(貴族の女性の正装)のような日本独自の形に発展を遂げました(図の③)。このような服装は現在のひな人形に見ることができます。そして、鎌倉時代以降、武士の時代が続く中で、華美で大げさな服装は簡素化され、現代の着物とほとんど変わらない形になってきたのです(図の④⑤⑥)。
一一現在、着物を着る機会は非常に少なくなっていますね。
明治維新以降、日本はあらゆる面で西洋化され、衣服もその例外ではありませんでした。着物を着る人は次第に減っていき、特に戦後はそれが一層進みました。洋服に比べて、活動的でないこと、高価であること、さらに着方が難しいことなどが理由です。
今、街で着物を目にするのは、お正月か成人式、結婚式、卒業式のような特別な日がほとんどです。しかも、その大半が女性で、男性の場合は、落語家や歌舞伎役者といった伝統芸能に携わる人たちなどに限られます。
一一最近新しい動きもあるようですが。
近年、着物の雑誌が新たに刊行されたり、着物を着て街を歩く会ができたりしています。これは、着物のよさが見直されるようになってきたからだといえるでじよう。日常の衣服として着るというよりは、趣味として楽しむということですが、これは着物を愛する者としては、とてもうれしいことです。
着物は確かに現代の生活には合わない面もあります。しかし、民族衣装は着る人が減り、一度滅びてしまったら最後、二度とよみがえることはありません。夏祭りの浴衣、初詣の着物がきっかけでもいいのです。少しでも着物を着る人が増えて、その伝統が途絶えることのないようにしたいものです。
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