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木に縁りて魚を求む

来源: 2017-12-12 15:55

  周の慎セイ王の三年、孟子は梁を去って斉国に行った。もはや五十を越していたと思われる。

  東方の斉は、西方の秦、南方の楚とともに、戦国諸侯の中でも大国だった。宣王も仲々の器量人だった。孟子はそこに魅力を感じていた。だが、時代の求めるものは、孟子の説く王道政治ではなくて富国強兵であり、外交上の策謀――遠交近攻策や合従策や連衡策などであった。

  宣王は孟子に向かって春秋時代の覇者だった斉の桓公?晉の文公の覇業をききたいと言った。宣王は中国の統一が関心事であった。

  「一体、王は戦争を起されて臣下の生命を危くし、隣国諸侯と怨を結ぶことがお好きなのですか?」

  と孟子はきいた。

  「いや、好きではない。

  それをたってするのはな、わしに大望があるのだ。」

  「王の大望というのをお聞かせ願えませぬか?」

  仁義に基づく王道政治を説く孟子を前にして、宣王は少し照れ気味だった。笑いでごまかすだけで、語ろうとしないのだ。そこで孟子は誘いをかけた。戦争の目的は衣食でしょうか、人生の娯楽でしょうか?

  「いや、わしの欲望はそんなものではない。」

  宣王は孟子の巧みな弁論術にはまりこんだ。孟子ははげしくたたみかけた。

  「それではもうわかり切ったことです。領土を拡張して、秦や楚の大国を挨拶に来させ、中国全土を支配して、西方の夷どもを従えようとなさるのでしょう。しかしそうゆうこれまでのやり方(一方的な武力)でそれを得ようとなさるのは、ちょうど木に縁りて魚を求む――木によじのぼって魚を求めようとされるのと同じです。」

  天下の統一を武力で計ろうとするのは、「木に縁りて魚を求む」るようなもので、「目的と手段が合わないから不可能だ」と言われて、宣王は驚き、意外に思った。

  「それほど無理かな?」

  「いや、木に縁って魚を求めるより無理でしょう。木に縁って魚を求めますのは、魚を得ないというまでのことで、後々の災難はありませぬ。しかし王のようなやり方(一方的な武力を用いる)で、大望《領土拡張云々》を達しようとなさるなら、心身を尽くして結局は民を残ない国を破る大災難こそ来たれ、けっしてよい結果は来ますまい。」

  「後に災難があるわけについて教えてくれぬか?」と宣王は膝をのり出した。

  こうして孟子は巧みに対話の主導権をその手に収め、仁義に基づく王道政治論を堂々と説き進めていったのである。

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