首鼠両端
前漢第四代の考景帝のとき、互いに好敵手として渡り合ったのは魏其侯竇嬰と武安侯田フンの二人。魏其侯は第三代孝文帝のいとこの子、武安君は考景帝の皇后の弟と、どちらも漢室にとっては関係の深い間柄だった。
田フンが幼いころ、竇嬰の方はすでに大将軍となっていたが、景帝の晩年には、田フンもかなり出世しており、景帝が死んでからは、逆に武安の方が宰相になり、反対に魏其の方は次第に落ち目となった。
この二人が、決定的に犬猿の仲となったのは、魏其の親友で、剛直の勇将として聞えていた灌夫が、つまらぬ事故を起したことからだが、二人とも自分の正しさを認めてもらおうと、帝の所へ出かけ、口を極めて相手の悪口をいった。
二人から訴えられた帝は判断に困り、臣下の者に、どちらが正しいかたずねた。官吏の罪を糾明する役所の長――御史大夫の韓安国は、
「どちらの言い分も、それぞれ一理ありますので、判断がつきません。
この上は陛下のご裁断を仰ぐばかりです。」
と答えた。そのわきにいた宮内大臣の鄭は、はじめ魏其の方の肩をもっていたが、この席では形勢必ずしもよくないと見て、ハッキリした意見をのべなかった。そこで帝は、宮内大臣をしかりつけた。
「お前は平素、二人のことをあれこれと批判しているくせに、肝心なときには何もいわない。
そんなことで宮内大臣がつとまるか。
不屈者、お前の一族はみんな斬罪だ!」
鄭は恐れ入って、ただ頭を下げるばかりだった。
武安はこんな争いで帝の心を悩ませたことを恥じて宰相をやめ、その足で門のところまで退出、そこで御史大夫を呼んでしかりつけた。
「なぜお前は、穴から首だけ出して、出ようか出まいかとウロウロしている鼠のように、この事件にハッキリ黒白を出さずにマゴマゴしているのだ。
(何ぞ首鼠両端を為す。)だらしがないぞ、理非曲直は明らかなのに……」
しかられた御史、しばらくキョトンとしていたが、やがていった。
「あなたは喜んでいいですよ。
あなたはまず宰相をやめることです。
そしてこういうのです。
『魏其のいうことが正しいのです、私は無理を通そうとして、陛下にご迷惑をおかけしたことを、心から遺憾に思い、いま謹んでお叱りを待っております。
こんな至らない私が宰相の地位にあるなど、とんでもないことです。
どうか私をやめさせて、罪に落して下さい。』と。
そうすると、帝はきっとあなたの謙譲の徳を多とし、決してあなたをやめさせたりなんかしないでしょう。
そうすれば、魏其の方は内心恥じ入って、自殺するでしょう。
いま、お二人で互いにののしり合っているのは、全く大人げない行為だとは思われませんか?」
武安はなるほどと、いう通りにした。御史のいった通り、武安はやめさせられるどころか、反って帝の信任があつくなった。
魏其の方は、いままでの事を、あれこれと洗いざらい調べ上げられ、まず問題の中心であった灌夫将軍の一族が全部殺され、次いで魏其も間もなく同様の目に遭い、この争いは一応、武安の勝ちとなった。
ところが、この争いにはまだ後日譚がある。その後、間もなく武安は病気になり、夢うつつの間に、
「許してくれ、俺が悪かった。」
と叫び続けるようになった。近臣が心配して、祈祷師に祈祷させたところ、この病気は、さきに恨みをのんで殺された魏其と灌夫の二人のたたりで、武安をとり殺そうとしているのだということがわかった。驚いてあらゆる加持祈祷を加えたが、二人の怨念はしつこくつきまとって離れず、武安は苦しみもだえながら、一週間ばかりしてついに死んだ。
(?史記?魏其?武安侯伝)
結局この勝負、どっちの勝ちかわからない。
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