李下に冠を整さず
戦国時代、周の烈王の六年、斉は威王が位にあって、即位してから年になったが、国内は一向に治まらず、国政は佞臣周破胡の専らにするところとなっていた。破胡は賢才有能の士をそねみ、即墨(山東省)の大が賢明の士であったのに、これを誹謗し、阿大夫はでくの坊であったのに、かえってこれをほめそやすのであった。威王の後宮には虞姫という女がいたが、破胡のやり口を見かねて、虞姫は王に訴えた。
「破胡は腹黒い人です。
登用なさってはいけません。
斉には北郭先生という賢明で徳行高いお方がいらっしゃるのですから、こういうお方をお用いになった方がよろしゅうございます。」
ところが、これが破胡の耳に入ってしまった。破胡は虞姫を目の敵として、何とかこれを陥れようとして、虞姫と北郭先生とは怪しいといい出した。王は九層の台に虞姫を閉じこめて、役人に追求させた。破胡は手を廻して係りの役人を買収していたので、その役人は、あることないことをでっちあげて、虞姫を罪におとそうとした。しかし、王はその調べ方がどうも腑に落ちないので、虞姫を呼びだして自分から直々事を質してみた。
「私は十余年の間、一心に王のおんために尽くしてまいったつもりですが、いまは邪な者どもに陥れられてしまいました。
私の潔白なことはハッキリ致しておりますが、もし私に罪があると致しますと、それは『瓜田で履をはきかえず、李園を過ぎる時に冠を整さない』という、疑われることを避けなかったことと、九層の台に閉じこめられましても誰一人申し開きをして下さる人がいなかったという、私の至らなさでございます。
たとえ死を賜わりましょうとも、私はこのうえ申し開きを致そうとは思いません。
けれども、たった一つ、王にお聞き願いたいと存じます。
いま群臣がみな悪いことを致しておりますが、中でも破胡が一番ひどうございます。
王は国政を破胡にお任せになっていらっしゃいますが、これではお国の将来はまったく危ういということでございます。」
虞姫が真心を込めてこう言うのを聞いた威王は、俄かに夢のさめる思いがした。そこで、即墨の大夫を万戸を持って封じ、佞臣の阿大夫と周破胡を烹殺し、内政を整えたので斉は大いに治まった。
この話に出てくる「瓜田に履を納れず、李下に冠を整さず」という語は、瓜の実っている畑で履をはきかえると、いかにも瓜を盗ったように思われるし、李が実っている下を通るとき、手をあげて冠をなおそうとすれば、いかにも李を盗ったように思われるから、そういうような、人から疑われるようなことは避けるという意味である。
「文選」の楽府に、「君子は未然に防ぎ、嫌疑の間に処らず、瓜田に履を納れず、李下に冠を整さず、嫂叔は親援せず、長幼は比肩せず、労謙其の柄を得、和光甚だ独り難し(己の功に誇ってその能を輝かしてはいけない)?云々と見える。
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